顧客もAIを使う時代、営業の役割はどう変わるか
営業の現場において「情報を提供すること」はこれまで大きな価値を持っていました。製品の仕様や競合比較、導入事例、効果測定の方法など、営業担当者は顧客にとっての情報源であり、意思決定をサポートする立場でした。
しかし今、状況は急速に変化しています。生成AIの登場によって、顧客自身が情報収集を行い、要約し、比較表を作り、さらには社内稟議用の説明資料まで作成する時代になりました。従来は営業担当者に聞かなければわからなかったことが、顧客の手元で瞬時に解決できるようになっているのです。
この変化は営業にとって脅威であると同時に、大きなチャンスでもあります。営業が「情報の運び手」である役割から卒業し、顧客にとっての意思決定の編集者として存在価値を高めることが求められています。

AI時代の購買プロセス:情報収集→要約→社内稟議の高速化
顧客企業の購買プロセスは、AIの導入によって大きく様変わりしています。これまでは営業との複数回の面談を通して情報を集め、社内に展開していた流れが、以下のように再構築されています。
- 情報収集:顧客はAIに「製造業向けERPシステムの比較表を作って」と依頼するだけで、数分後には主要ベンダーの特徴や価格帯、導入事例の一覧が手元に揃います。
- 要約:AIが提供した情報を要点だけに絞り込み、「経営層向け3分プレゼン資料」などの形式に変換。
- 社内稟議:部門長や経営層に渡すための稟議資料までAIが下書きし、意思決定プロセスが大幅に短縮。
営業が関与する前に、顧客はすでに十分な情報を持っているのです。そのため営業担当者が「製品説明」や「基本情報提供」に終始してしまうと、「それならAIで十分だ」と判断されてしまいます。営業が関わるべき領域は、顧客がAIを使っても解決できない「意思決定の支援」や「合意形成の加速」にシフトしています。
営業が備えるべき7つの能力
では、顧客がAIを使う時代に、営業はどのような能力を身につけるべきでしょうか。ここでは7つの具体的な能力を紹介します。

プロンプト設計力(問いの設計)
顧客自身がAIに質問を投げかけて情報を得る時代、営業は「適切な問いを設計できる力」を持つ必要があります。AIに任せるだけでは精度の高いアウトプットは得られません。
例えば、「自社の物流部門で導入した場合のROIを3年スパンで算出して」といった具体的かつ制約条件を盛り込んだプロンプトを設計できれば、AIの出力は格段に実用性を増します。営業は自分が使うだけでなく、顧客が社内でAIを使う際にも「どう質問すれば効果的な答えが得られるか」をガイドできる存在になるべきです。
要約編集力
AIが大量の情報を集めても、そのままでは冗長すぎて意思決定の場には適しません。営業には「長文を意思決定のための1枚に落とし込む力」が必要です。
例えば「目的・結論・根拠・Next Action」の4要素に整理し、顧客の意思決定者が5分で理解できる形に編集する。この能力があるだけで、営業の提案は顧客社内で“通りやすく”なります。
仮説質問力
顧客がAIから得た情報は多くの場合「一般論」です。そこに具体的な仮説を投げかけ、議論を深めるのが営業の役割です。
「現在の課題はコスト削減と納期短縮、どちらに比重を置いていらっしゃいますか?」
このような二者択一の仮説問いは、顧客に考えさせるきっかけを作り、会話を前進させます。
エビデンス×ストーリー構築力
AIはデータを示すのは得意ですが、それを「実際に使う現場のストーリー」に変換するのは人間の役割です。営業は事例データと現場のエピソードを組み合わせて語り、顧客が導入後の姿を具体的にイメージできるようにする必要があります。
データ衛生&コンプライアンス意識
AIを活用する際に最も懸念されるのは「機密情報の漏えい」です。営業は「どの情報をAIに入力してよいか」「どこまでが社外利用NGか」を理解し、顧客に対しても安心感を提供しなければなりません。
AI同席前提のファシリテーション
今後は商談にAIが“同席”する場面が増えます。会議を記録し、自動で要約を出し、課題リストを抽出するツールが一般化するからです。営業はこれを前提に「会議の進め方」を設計し、AIが生成したアウトプットをその場で確認・活用する力が必要です。
内製稟議の支援
顧客はAIで稟議資料を作成できますが、その内容は汎用的で説得力に欠ける場合があります。営業は「顧客社内のチャンピオン」が上司を説得するための材料を提供しなければなりません。具体的には「費用対効果を示す1枚」「導入計画のロードマップ」「リスクと対策一覧」などを営業が準備することで、稟議が通りやすくなります。
30日で実装:スモールスタートのプレイブック
こうした能力を一気に身につけるのは難しく感じるかもしれません。しかし段階的に取り組めば、30日程度で「AI時代に通用する営業スタイル」を実装できます。
- Week1:現状可視化
勝ち提案のパターンを分解し、よく出る質問や成功した資料を洗い出す。 - Week2:プロンプト標準化
業界別・顧客タイプ別に使えるプロンプト例を作成。チーム全員が同じ型でAIを活用できるようにする。 - Week3:合意形成テンプレート化
「1枚要約」「導入計画シート」「費用対効果表」を標準フォーマットにしておき、誰でも顧客に即時提示できる体制を作る。 - Week4:検証KPIとレビュー
初回面談から稟議通過までのリードタイム、要約資料の配布率などをKPIに設定し、月次で改善サイクルを回す。
このように小さく始めれば、営業組織はAI時代に適応しやすくなります。
測定指標(KPI)と改善サイクル
AI時代の営業力を評価するには、新しいKPIを導入する必要があります。例えば:
- 初回面談から次回商談につながる率
- 稟議資料の通過率
- 要約資料の配布率
- 検証開始までのリードタイム
これらを測定・改善することで、営業活動はより再現性の高いプロセスへ進化します。
リスクと対策:ハルシネーション/情報漏えい/“AI任せ”の陥穽
AIを営業に活用する際には、リスクも存在します。誤情報(ハルシネーション)が混ざる可能性、入力情報が外部に漏れるリスク、AIに任せすぎて人間の判断力が鈍る危険性。
これらに対しては「最終チェックは人間が行う」「入力する情報を選別する」「AIは補助、意思決定は人間」というルールを徹底することで対応できます。
営業は“意思決定の編集者”へ
顧客がAIを自在に使う時代において、営業がただの「情報提供者」であるなら存在価値は急速に薄れていきます。求められるのは、顧客が集めた情報を整理し、社内で通る形に編集し、意思決定を前に進める伴走者となることです。
営業は「情報の運び手」から「意思決定の編集者」へ。AIを恐れるのではなく、顧客と同じようにAIを使いこなし、その上で人間にしかできない役割を果たす。これが、これからの営業が備えるべき真の能力なのです。
