営業活動において、「案件」と呼ばれる商談や取引の候補は、ビジネスを動かす原動力といえる存在です。新規顧客から立ち上がる案件、既存顧客から引き出す追加案件、あるいは一度失注したのに何らかの形で再燃する案件など、その形態はさまざま。一つひとつを上手にマネジメントできれば安定した成果につながりますが、扱い方を誤れば、せっかくのビジネスチャンスを逃してしまう恐れもあります。
本稿では、案件を生み出し・成長させ・管理するうえで着目すべきポイントを多角的に整理しました。新規顧客へのアプローチ法、既存顧客への深耕策、複数の案件を同時に動かす管理術、失注から得られる学びなど、営業のさまざまなシーンで実践できる考え方を提示します。
営業活動の“生産性”と“安定感”を同時に高めるためのヒントとして、ご活用いただければ幸いです。

営業特有の「案件」と見込み度の捉え方
新規顧客から案件を創出する
営業に携わる人なら誰しも、新規顧客とのやり取りを通じて「案件が立ち上がりそうだ」という期待を抱く瞬間を経験したことがあるでしょう。そして、その期待が本当に案件として成立するかどうかを見極めることがとても大切です。単なる資料請求や問い合わせだけで終わるのか、それとも導入予算や検討期限が具体的に語られ、正式に社内稟議が進められるのか——この差を見極める姿勢が、営業の成果を安定させます。
- 相手の動機を正確につかむ
こちらから見れば同じ「問い合わせ」でも、顧客側はただ価格相場を知りたいだけのパターンもあれば、本気で導入を考えているケースもあります。雑談やヒアリングを丁寧に行い、「なぜ今それを必要としているのか」「社内でどのような合意が得られているのか」を探りましょう。 - 比較軸を示して差別化する
競合他社が多数ある市場では、顧客が比較表を作りながら検討していることがよくあります。導入メリットをシンプルにまとめた資料などを渡し、比較される側としての強みを明確化してあげると、案件として一歩前進しやすくなります。
初期段階では”BANT”と呼ばれるフレームワークも有効です。ぜひこちらの記事も参考にしてみてください。
顧客に“話を聞きたい”と思わせる工夫
新規顧客が案件化するかどうかの決定打は、「もう少し詳しく話を聞きたい」「導入を具体的に検討したい」という気持ちを相手が持つ瞬間です。興味をうまく引き出せば、面談やオンライン商談にスムーズに進めますが、そのためには相手が抱える課題感や問題意識に合わせた提案の切り口を考えることが不可欠です。
たとえば、担当者が抱える業務効率化の悩みをピンポイントで刺激できれば、「実際にデモを見せてもらえませんか?」という流れになりやすいでしょう。ここをマニュアル的に「とりあえず製品パンフレットを送ります」と済ませてしまうと、相手に十分なインパクトを与えられず、競合に先を越されるリスクが出てきます。

既存顧客から案件を引き出す視点
導入後のフォローが新たなニーズを生む
一度成約した顧客とのやり取りは、言うまでもなく大切な収益源です。導入が完了した時点でコミュニケーションを減らしてしまうと、顧客は「この会社は売ったら終わりか」と感じ、追加要望や関連サービスのニーズがあっても他社を探し始めるかもしれませんので、フォローアップは特に重要な活動となります。
- 顧客満足度が上がり、リピート率が高まる
問題があれば素早く対処し、顧客の現場での使用状況を共有し合うことで「またお願いしたい」と感じてもらいやすくなります。 - 顧客が自覚していないニーズを発見できる
実際に使ってみて初めて出てきた課題や、“もっとこういう機能があれば”といった欲求が、追加案件に成長する可能性があります。
たとえば、定期的なミーティングやウェビナーを通じて顧客同士が情報交換できる場を提供すると、「うちも同じように導入したい」「似た事例があれば教えてほしい」という声が出てきて、追加の商談機会につながることがあります。
クロスセル・アップセルの仕掛け方
既存顧客への追加提案としてよく話題に上るのが、クロスセル(関連する別の商品)とアップセル(上位プランやより高機能の商品)の戦略です。しかし、やみくもに「もっと買ってください」と迫るのは逆効果になりかねません。そこで、実際に使っている顧客の課題や不満点、さらに業務拡大の意向などを適切にヒアリングし、その具体的な改善案として商品を提示することで納得感が生まれやすくなります。

「現状のプランでは△△部分がオーバーヘッドになっているようなので、上位プランへ切り替えることで作業時間が半分になりますよ」というように、顧客目線のメリットを十分に共有できれば、すんなりと話が進む可能性があります。逆に、ただ販売数を稼ぎたいからと押し売り感を出すと、顧客の不信を招きかねないため注意が必要です。
クロスセル・アップセルについてはこちらでも詳しく解説していますので、あわせてご一読ください。
案件管理の要点と組織的な運用
進捗ステータスで全体を俯瞰する
案件の数が増えるほど、「どこまで話が進んでいるのか」「納期や決済日がいつか」といった情報を頭だけで整理するのは難しくなります。そこで有効なのが、フェーズごとにステータスを分けて管理する仕組みです。典型的には、「初回アプローチ」「提案中」「交渉」「契約直前」「失注または成約」といった形で振り分ける方法が採られます。
こうすることで、営業担当者自身はもちろん、上司や他のメンバーも「どの案件を今プッシュするべきか」「見積もり提出後に放置されている案件はどれか」を即座に把握できます。とりわけ、チームで共有しながら案件を管理すると、担当者が多忙に陥ったときに他メンバーがカバー体制を取りやすくなるため、チームとしての柔軟性が高まります。
週次・月次レビューで取りこぼしを防ぐ
どんなにフェーズ分けを行っても、案件更新を怠ると情報が古いまま放置され、現実の状況とデータが乖離してしまいます。さらに、営業担当者が一人で抱え込みすぎると、リスクや失注の兆候を早期に発見できず、対応が後手に回る恐れもあります。
- 週1回の定例ミーティング
短い時間でも、現在動いている案件を一覧化しておき、進捗や不明点をチームで確認する。 - 月次の数字レビュー
今月度・四半期で達成すべき売上目標と照らし合わせ、「交渉段階の案件が足りない」「○月納品予定の案件が多すぎて対応が間に合わない」などを洗い出す。
こうした定期レビューを組織的に運用すれば、担当者個人の視点だけでは見落としやすい課題をカバーし、全体をより確実に前へ進められます。
失注から学ぶ姿勢と再アプローチの可能性
失注要因を共有し、組織にノウハウを残す
どれだけ準備や努力をしていても失注は発生します。しかし、そこで終わらず「なぜ失注したのか」を掘り下げ、チーム内で共有する習慣があるかどうかで、次の案件の成功率は大きく変わります。価格が競合に負けたのか、提案タイミングが遅かったのか、キーマンと接触できなかったのか、理由がわかれば同じミスを繰り返す可能性は低くなるはずです。

営業担当者が失注事例を発表する場があると、他のメンバーが「実は同じ顧客にこういう接点がある」「こういう形でフォローすれば復活があり得る」といった情報や知見を提供できるかもしれません。失注を隠すのではなく、前向きに情報を共有することで、組織としての学びが増幅していきます。
後日改めて検討されるシナリオを想定する
一度断られた案件も、顧客の状況が変化すれば再度検討対象になる可能性があります。特に、時間とともに課題が深刻化したり、導入を検討していた別サービスが顧客の期待に応えきれず不満が蓄積したりする場合が典型的です。そこを狙って再アプローチするには、失注時にも顧客との関係を完全に切らない努力が大事です。
- 定期的なアップデート連絡
- ニュースレターやイベント招待
- 顧客が興味を抱きそうな導入事例の紹介
こうしたコミュニケーションチャンネルを維持しておけば、顧客が「そろそろ再検討してみよう」と思ったとき、真っ先に連絡をもらえる可能性は格段に高まるでしょう。
案件を継続成長の軸に据える営業マインド
契約後も案件は“成長”する
案件が成約した瞬間はひとつのゴールですが、それを長期的に育てていくことで、顧客満足度を高めながら新たなビジネスチャンスを得ることができます。導入後にフィードバックを聞き、「もっとこうした機能がほしい」という声を拾えば、それが将来の追加契約の原動力になるでしょう。営業パーソンにとっては、既存顧客のフォローを通じて安定的な売上を確保すると同時に、次の新規案件のヒントも得られる二重のメリットがあります。
“案件主義”が生み出すチーム活性化

案件を管理することは個々の営業担当者の責任ですが、それを組織全体でバックアップできれば、より大きな成果が見込めます。週ごとの簡易ミーティングや月次の振り返りを習慣化し、お互いに助言したり、サポートし合う土壌があると、担当者が抱える不安や迷いも減りやすいです。
結果的に担当者同士のコミュニケーションが活発化し、「あの顧客にはこうアプローチしたらいい」「こっちの案件にはこの技術が使えるかも」といったアイデア交換が増えるでしょう。
特に、失注事例から学ぶ姿勢が組織文化として根付くと、成功事例の蓄積よりも大きな価値が生まれることがあります。成功体験は再現性がやや曖昧な場合もありますが、失敗体験は具体的な課題をはっきりと示してくれるため、次の案件で同じ失敗を繰り返す可能性が低くなるからです。
まとめ:案件を可視化し、狙いを定めて可能性を広げる
営業担当者が扱う「案件」は、単に商談数を増やすだけではなく、いかに質を高めるかが重要です。新規顧客に対しては、最初のアプローチで相手の潜在的な課題を浮き彫りにし、興味を掘り下げることで本格的に検討を始めてもらう。既存顧客には丁寧なフォローを続け、アップセルやクロスセルの可能性を常に探る。こうして生まれた複数の案件を整理・可視化して進捗を管理すれば、チーム全体の行動を最適化しやすくなります。
もちろん、どれだけ慎重に進めても失注は起こり得ますが、その理由や背景をしっかり分析すれば、次の案件に向けた貴重なデータとなるはずです。失注後も顧客との接点を保っておけば、リベンジの機会が巡ってくることもあります。案件を長期的な視点で扱うことは、営業としての成熟度を示すとも言えるでしょう。
大事なのは、案件をただの数字や受注の有無で捉えるのではなく、顧客が抱える課題や要望をどう具体化し、それに対してどんな付加価値を提供できるかを考え続けることです。そうした意識で案件を捉えれば、商談ひとつひとつが“成長のチャンス”に変わり、組織全体の営業力が底上げされていくはずです。ぜひ、本稿の内容を参考に、自身が扱う案件を改めて見直し、これまで見逃していた可能性や戦略の余地を探ってみてください。